July 23, 2008
マニアックの一般化
私の得意分野の一つは妄想だ。
白昼、常にとりとめの無いことを考えている。
おもちゃ開発者としての私が、自分のカラーを出すために、妄想力は生かさなきゃならないと真面目に考えている。
さて、どうやったら妄想力をおもちゃ開発にに生かせるだろうか。
白昼、常にとりとめの無いことを考えている。
おもちゃ開発者としての私が、自分のカラーを出すために、妄想力は生かさなきゃならないと真面目に考えている。
さて、どうやったら妄想力をおもちゃ開発にに生かせるだろうか。
小説やゲームなどの物語には、それぞれ独自の世界観がある。
指輪物語や風の谷のナウシカ、或いはマトリックスのように、明らかに現実とは違う世界。
逆に、その辺のホームドラマにゴロゴロしてる「当たり前の現実」という世界。
これらは、見た目は随分違うが、種類としては同じもの。
世界観は世界のルールを定めるものだ。
例えば、「現実社会」という世界設定の場合、リンゴは木から落ちるし、車は左側を走るし、女子高生は学校へ通う。
もし女子高生が学校に行かないとすれば、それ相応の理由を作ってあげないと世界の説得力が無くなり、作品の魅力が失われる。
また、「古典的ファンタジー世界」の場合、魔法は詠唱によって具現し、地水火風などの現象には精霊が宿り、信仰対象の神々は実体を持つ。
もし火の無いところでファイアボールの魔法を使うなら、精霊のいない場所で精霊魔法を使うための、納得のいく説明が無いとリアリティは失われる。
読者を作品に没入させるために必要なのはリアリティだ。
そのリアリティとは、空を飛べなかったり、ドラゴンがいなかったりすることじゃない。
読者本人が、その物語空間にいる状態を想像でき、自分が物語を体験しているよう錯覚できること。それがリアリティだ。
どんなに現実社会に似せて作った世界でも、女子高生の主人公が暴漢を、何の説明も無く正拳突きの一撃で撃退したらリアリティは無い。
主人公が伸縮自在のスライムで怪力の持ち主だとしても、塩をかけられると干からびて死ぬなどのルールを忠実に守れば、読者は感情移入できる。
突き詰めると、リアリティに必要なのは、読者が世界のルールを理解し、登場人物がきっちりそのルールを守り通すことだと言える。
物語が読者にファンタジー世界のルールを納得させることに成功すれば、読者はファンタジー世界を疑似体験できる。
一旦納得すれば、突飛な世界であればあるほど、読者はより不思議な世界を旅をしたという快感を得ることができる。
一度異世界の楽しみを覚えると、これは麻薬的に、もっと不思議な世界を、もっと説得力のある世界をと求めたくなる。
作者は、腕によりをかけて次々とルールを定義し、読者を引き込んでいく。
ルールが複雑になればなるほど、世界は説得力を増す。
だが、ルールが複雑になることは、読者が理解しにくくなることを意味する。
どんなに作りこまれた世界でも、読者が理解しなかったら雑音に過ぎない。
物語を楽しむことはできない。
現実社会を舞台に、物語を構築するメリットの一つは、読者にルールの説明がほとんど必要ないことだ。
「主人公は 自転車で5分の学校に通うツインテールの女子高生で、部活のバドミントンで活躍しているが、本人は練習を嫌がっている」
と書けば、大抵の読者が主人公像を想像できるだろう。
しかし
「主人公は ゲルタでドバルンダのエドルメに通うオンドロンメ…」
では、読者は何も理解できない。
その世界がどんなに独創的で面白いものでも、その世界に入れない。ゲルタでドバルンダが何であるか、逐一理解するまでは。
マニアックとは、世界設定が複雑なことを意味する。
世界のルールを理解するまでに相当の労力を要するが、一旦理解してしまえばその世界独自の楽しみを得ることができる。
しかし、「一旦理解してしまう」ことが難しいので、ユーザーは限られる。
どんなに面白い世界でも、入り口の敷居を越えられなかったらそれを知ることはできない。
商品や作品を考えるとき、私は妄想する。自分が好きなもの同士を掛け合わせ、よだれが垂れるような世界を構築する。自分だけの桃源郷だ。その世界があまりにも楽しいので、他の人たちにも教えてあげたいと思う。しかし、そこに行き着くためには膨大な世界のルールを理解する必要があり、他人には立ち入れない領域になる。
もちろん、そんなものは売り物にならない。
その辺の人が、パンフレットなんかを5,6秒眺めて、なんとなく世界を理解できる。せめてそのくらいの手軽さが必要だ。
作りこんだ世界も、できる限り分かりやすいものに置き換えなきゃいけない。
当然、置き換える前にあった魅力は変質する。
しかし、面白さを伝えるためには、変質してなお魅力を保たなきゃいけない。
妄想ワールドをどうやって一般化するか。
今の課題だ。
指輪物語や風の谷のナウシカ、或いはマトリックスのように、明らかに現実とは違う世界。
逆に、その辺のホームドラマにゴロゴロしてる「当たり前の現実」という世界。
これらは、見た目は随分違うが、種類としては同じもの。
世界観は世界のルールを定めるものだ。
例えば、「現実社会」という世界設定の場合、リンゴは木から落ちるし、車は左側を走るし、女子高生は学校へ通う。
もし女子高生が学校に行かないとすれば、それ相応の理由を作ってあげないと世界の説得力が無くなり、作品の魅力が失われる。
また、「古典的ファンタジー世界」の場合、魔法は詠唱によって具現し、地水火風などの現象には精霊が宿り、信仰対象の神々は実体を持つ。
もし火の無いところでファイアボールの魔法を使うなら、精霊のいない場所で精霊魔法を使うための、納得のいく説明が無いとリアリティは失われる。
読者を作品に没入させるために必要なのはリアリティだ。
そのリアリティとは、空を飛べなかったり、ドラゴンがいなかったりすることじゃない。
読者本人が、その物語空間にいる状態を想像でき、自分が物語を体験しているよう錯覚できること。それがリアリティだ。
どんなに現実社会に似せて作った世界でも、女子高生の主人公が暴漢を、何の説明も無く正拳突きの一撃で撃退したらリアリティは無い。
主人公が伸縮自在のスライムで怪力の持ち主だとしても、塩をかけられると干からびて死ぬなどのルールを忠実に守れば、読者は感情移入できる。
突き詰めると、リアリティに必要なのは、読者が世界のルールを理解し、登場人物がきっちりそのルールを守り通すことだと言える。
物語が読者にファンタジー世界のルールを納得させることに成功すれば、読者はファンタジー世界を疑似体験できる。
一旦納得すれば、突飛な世界であればあるほど、読者はより不思議な世界を旅をしたという快感を得ることができる。
一度異世界の楽しみを覚えると、これは麻薬的に、もっと不思議な世界を、もっと説得力のある世界をと求めたくなる。
作者は、腕によりをかけて次々とルールを定義し、読者を引き込んでいく。
ルールが複雑になればなるほど、世界は説得力を増す。
だが、ルールが複雑になることは、読者が理解しにくくなることを意味する。
どんなに作りこまれた世界でも、読者が理解しなかったら雑音に過ぎない。
物語を楽しむことはできない。
現実社会を舞台に、物語を構築するメリットの一つは、読者にルールの説明がほとんど必要ないことだ。
「主人公は 自転車で5分の学校に通うツインテールの女子高生で、部活のバドミントンで活躍しているが、本人は練習を嫌がっている」
と書けば、大抵の読者が主人公像を想像できるだろう。
しかし
「主人公は ゲルタでドバルンダのエドルメに通うオンドロンメ…」
では、読者は何も理解できない。
その世界がどんなに独創的で面白いものでも、その世界に入れない。ゲルタでドバルンダが何であるか、逐一理解するまでは。
マニアックとは、世界設定が複雑なことを意味する。
世界のルールを理解するまでに相当の労力を要するが、一旦理解してしまえばその世界独自の楽しみを得ることができる。
しかし、「一旦理解してしまう」ことが難しいので、ユーザーは限られる。
どんなに面白い世界でも、入り口の敷居を越えられなかったらそれを知ることはできない。
商品や作品を考えるとき、私は妄想する。自分が好きなもの同士を掛け合わせ、よだれが垂れるような世界を構築する。自分だけの桃源郷だ。その世界があまりにも楽しいので、他の人たちにも教えてあげたいと思う。しかし、そこに行き着くためには膨大な世界のルールを理解する必要があり、他人には立ち入れない領域になる。
もちろん、そんなものは売り物にならない。
その辺の人が、パンフレットなんかを5,6秒眺めて、なんとなく世界を理解できる。せめてそのくらいの手軽さが必要だ。
作りこんだ世界も、できる限り分かりやすいものに置き換えなきゃいけない。
当然、置き換える前にあった魅力は変質する。
しかし、面白さを伝えるためには、変質してなお魅力を保たなきゃいけない。
妄想ワールドをどうやって一般化するか。
今の課題だ。

