スイーツ(笑) 〜思考時間欠乏症〜

 インターネット、TVゲーム、放送メディア。一昔前では想像もできないほど時間消費メディアが普及した。
 それは自宅で暇つぶしに使われるだけでなく、移動中ですら携帯電話で利用できる。
 暇な時間が無くなっている。
 手持ち無沙汰で、何かぼーっと考えたり、思い立って何かの趣味に没頭する、そんなチャンスが減っている。

 人が思考するのは、暇なときだ。
 別の何かをしているときに、頭の片隅でほかの事を考えることもある。
 しかし、後でゆっくり整理してみると論理の破綻が見つかる。
 人が大成する条件として、よく投獄経験が挙げられる。獄中の生活は暇だ。投獄経験のある大物はその時間を使い膨大な思考や著作を行っている。
 考えるためには暇な時間が必要だ。

 先日の投稿「インターネット・ニュータイプ」にて
「現代人は情報の扱いは上達したが、考える力が衰えている」
 そんな指摘を受けた。
 その原因は、現代人が暇な時間を失っているせいだと考えている。

 具体的にどういう状態か。
 簡単に言えば、流行りの「スイーツ(笑)脳」。メディアがばら撒く雑多な情報が、覚えるでも意識するでもなく流れ込み、それが常識として無意識に刻まれる。
 情報源は商業メディアに限らない。
 2chやSNSはそれぞれ世論を持っている。思考せずにこれらを利用すると、そのメディアの世論に染まる。
 端的な例として「ネット右翼」や「創価批判」を思いつく。
 物事一つ一つの事象をよく考えた上で「この行動は認められない」と批判するのではなく、「特定アジア排斥!」「チョンは帰れ!」「学会員は異常者!」などと短絡的にレッテル張ろうとする。これも広義のスイーツ(笑)な状態だ。メディアに流され思考を失っている。
 極端な例を出したが、このような現象はいたるところで見かける。


 mixiでの交流を増やして感じたことの一つが「考える時間が無い」ことだった。日記を書けばコメントが返ってくる。それはとても嬉しい。そしてマイミクが日記を書けばこちらもコメントを返す。時にはそれがチャットに発展し実に楽しい。
 しかしそのせいで、一つ一つの日記やコメントの重みが減った。
 以前は一つの日記をじっくり読んで、数十分考えたコメントを書いたりした。
 今じゃ場合によっては、記事を斜め読みし脊髄反射でコメントするようになった。
 多くの日記を目にし、情報が流れ込んでくるので自分の考えをまとめることが難しくなった。
 また、考えをまとめる時間そのものが減った。
 日記がしばらく停止していたある日、以前のようにクソ真面目なネタを考えていない自分に気づいた。
 まずい。
 流されてる。
 それに気づいて、クソ真面目日記を再開した。
 クソ真面目日記を書くには時間がかかる。1時間以上浪費するのもザラだ。それだけ「考える」ことができる。


 論語の一節に
「学びて思わざれば則ち罔(くら)く、
思いて学ばざれば則ち殆(あやう)し」
というのがある。
一方的に情報を受け入れ、思考しないことは、まさに「暗い」状態だ。
 いかに知識が豊富でも、知恵に生かされない。


 情報を吸収し、人と交流するのは大事なことだ。一人で考えていても、世の中の流れから浮いた実用できない考えになる。
「思いて学ばざれば則ち殆(あやう)し」
この状態だ。
 学ぶことと思うこと、そのバランスを取らなくちゃいけない。


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http://massugupower200.livedoor.biz/archives/51166032.html

「wikipedia : スイーツ(笑)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%84%EF%BC%88%E7%AC%91%EF%BC%89
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